本記事は1兆円ファンドはなぜ旗艦ファンドへと育たなかったか(前編)の後編となります。また、前編の内容を含めた詳細なレポートを以下よりご覧いただけます。
1兆円ファンドが消えたあとの市場に起きていたこと
2000年代前半から2010年代半ばにかけて、多くの1兆円ファンドが誕生したにもかかわらず、そのどれもが旗艦ファンドへ成熟しなかった理由は前編で述べたとおりです。分配金ニーズと販売力に依存した残高形成は、長く安定した信頼の積み重ねを伴わず、急膨張と急縮小を繰り返す「作られた巨大さ」にすぎませんでした。
では、その後の日本の投資信託市場はどう変わっていったのでしょうか。
2010年代後半になると、毎月分配型ファンドの縮小が一気に進み始めます。世界的な低金利のなかで従来の分配水準を維持することが難しくなり、さらに金融庁が分配金重視の販売姿勢が長期投資を阻害する可能性を繰り返し指摘したことで、販売会社は毎月分配型を積極的に販売しなくなりました。
その結果、長年市場の中心にあった多くの巨大ファンドが1兆円を割り込み、かつて市場を席巻した毎月分配型1兆円ファンドは姿を消します。この数年間は、巨大ファンドがほとんど存在しない空白期でしたが、それは市場が次のステージへ移るための静かな準備期間でもありました。
2010年代後半の1兆円ファンドの資産残高推移(億円)
2020年代、新たな主役の登場
2020年代に入り、日本の投信市場は従来とは異なる姿を見せ始めます。1兆円ファンドが再び増えはじめたにもかかわらず、多くのファンドにおいて、その成長の仕組みは以前とは異なります。
分配金でも販売力でもなく、投資家の長期積立によって残高が増加した点が、従来の巨大化と大きく異なります。なかでも象徴的なのが「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)」と「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」であり、2026年2月には両ファンドの資産残高はともに10兆円規模へ成長し、かつての日本市場には存在しなかった長期投資の資金で育つ巨大ファンドが登場しました。
また、「キャピタル世界株式ファンド」のように、米国の著名なアクティブ戦略であるAmerican Funds New Perspective Fund(ANWPX)と同じ運用戦略を採用することで、海外の旗艦ファンドが国内に浸透する新しい動きもあらわれています。
一方、毎月分配型ファンドへの根強い需要も残っています。「アライアンス・バーンスタイン・米国成長株投信Dコース毎月決算型(為替ヘッジなし)予想分配金提示型」や「インベスコ 世界厳選株式オープン<為替ヘッジなし>(毎月決算型)」が1兆円を突破しましたが、これらは分配金に加え、運用内容への支持も背景にある点が過去との違いです。
それでも、アライアンス・バーンスタインのファンドが2025年に分配金を一時停止した際に資金流出に転じたことに見られるように、毎月分配という仕組みが残高形成を後押ししている側面も依然として無視できません。また、ESGやテクノロジーなどテーマや投資ストーリーを前面に訴求して急拡大したファンドは、短期間で1兆円に到達する一方、残高の維持は不安定であるケースも見られます。
このように、2020年代の1兆円ファンドは、インデックス・ファンドを中心とする「長期積立型の持続的なファンド」と、テーマや相場要因に依存する「短期的に膨張するファンド」に二極化しつつあります。
2020年代の1兆円ファンドの資産残高推移(億円)
1兆円ファンドは旗艦ファンドなのか、そして旗艦ファンドになり得るのか
ここまでの歴史をたどると、1兆円という残高を持つこと自体は、旗艦ファンドであることを意味しません。旗艦ファンドとは、単に規模が大きいだけのファンドではなく、運用会社の理念や投資哲学を体現し、投資家との長期的な信頼関係のうえに自然と残高が積み上がる存在です。規模はあくまで「結果」であって、その「原因」ではありません。
この視点に立つと、2000年代から2010年代にかけて日本で誕生した多くの1兆円ファンドは、旗艦ファンドにはなりませんでした。分配金という機能性や販売力に依存した残高拡大は、運用会社の看板になるために不可欠な「哲学」「一貫性」「長期的な支持」を育む機会を与えなかったからです。
しかし、状況は2020年代に入り変わりつつあります。低コストのインデックス・ファンドの巨大化は、投資家の長期積立を背景として「育った残高」であり、これまでの日本の投資信託市場では見られなかった「旗艦ファンド的な育ち方」を見せ始めています。市場全体に分散し、透明性が高く、長期にわたって投資家の利益に寄り添うという姿勢は、運用会社のブランドそのものを示す要素になり得ます。ただし、低コスト化が理念に基づいているのか、競争戦略の一手にすぎないのかという論点は残り、「投資哲学を体現する旗艦ファンド」として見られるかは、さらに時間を要するでしょう。
アクティブ運用に目を向けると、「キャピタル世界株式ファンド」のように、米国で長年育てられてきた旗艦戦略を取り入れるケースも出てきています。しかし、1兆円ファンドにおける多くのアクティブ・ファンドは、依然としてテーマ性や市場環境に左右されやすく、旗艦ファンドに必要な「普遍性」や「持続性」を備えるにはハードルが高いのも事実です。
では結局のところ、今の日本に旗艦ファンドは存在するのでしょうか。答えは、「まだ確立されてはいないが、旗艦になり得るファンドはようやく現れ始めた」です。2020年代に入り、日本の投資信託市場は「巨大ファンドが育つ市場」へと変わりつつあります。長期投資が広がり、投資哲学や透明性を重視する投資家が増え、海外で長年支持されてきた運用戦略も浸透しはじめています。この流れが続けば、日本でも運用会社を象徴する本物の旗艦ファンドが生まれる可能性は十分にあります。
運用会社に旗艦ファンドを育てる姿勢が求められるとともに、投資家にも運用哲学の一貫性と残高形成のプロセスを問う視点が求められます。短期の話題性に惑わされず、時間をかけて育つファンドを見極める視点こそが、長期的な資産形成の基盤となります。この投資家と運用会社の間に築かれる「長期的な信頼の形成」を、モーニングスターはファンドや運用戦略の調査・評価を通じて支援しています。運用プロセス、運用担当者、運用会社を定性、定量の両面から評価するモーニングスター・メダリスト・レーティングを、短期的な話題性に左右されない持続的なファンドの見極めにぜひ活用ください。◇

