※ 本稿は米国の企業型確定拠出年金401(k)プランで、新たにプライベート市場への投資を広げようというドナルド・トランプ氏の大統領令発令を受けた記事ですが、議論の根本は日本で老後資産作りに取り組む方にとっても、重要なポイントとなります。日本のDC(企業型確定拠出年金)、iDeCo(個人型確定拠出年金)、NISAつみたて投資枠やNISA成長投資枠でつみたて投資に臨む際の参考にもなると考え、また、日本でもプライベート市場への個人投資家の資金導入政策が進められていることから、翻訳を掲載します。
<401(k)プランでプライベート市場への投資を後押し?>
老後のための資産形成は、いつ始めるか、目標額はいくらか、そしてどこに投資するかという、複数の重要な決断をすることである。最近、ドナルド・トランプ大統領の大統領令により、投資に関する決断がにわかに注目されている。
この大統領令は、401(k)プラン(米国の確定拠出企業年金制度)がターゲット・デート・ファンドやマネージド・アカウントを通じて、プライベート市場への投資などのオルタナティブ資産への投資手段を提供する枠組みを構築するよう規制当局に指示している。プライベート市場を組み入れることで、401(k)加入者の投資のリターンが向上し、退職後に向けて拠出した資産がより大きく育つと標榜する政策である。
しかし、投資のリターンは最終的な収益を生み出す要素のひとつに過ぎない。この記事では、リタイアメントに向けて資産形成に臨む2人の登場人物を例として、各人の意思決定とその結果を比較することで、資金拠出と投資リターンの関係において何が重要な要素となるかを検証する。
私たちは、プライベート市場のリターンをベストケース並みに楽観的に推計しても、拠出額と、より長い期間資産形成に取り組むこと、というごく単純な投資原則の方が、最終的な結果に大きな影響を与えるという結論に達した。
退職後のために資産形成に臨む、とある2人の物語
老後のための資産運用を始めるには最適な時代であり、一方で最悪の時代でもあった。チキン&ライスの節約・健康志向のレトルト食品がどこででも手軽に買える時代であり、一方で1食18ドルのセレブなサラダも売れる贅沢な時代だった。
同じ会社で同じ役職の新入社員になったばかりの、ローラとJR。25歳の2人にとっては、これが退職後の人生に向けた旅のはじまりだった。
<ステップ1:資産形成をはじめる決断>
ローラは退職後の世界一周クルーズを夢見ていた。入社初日、ローラは7万5000ドルの年収の10%を401(k)プラン(企業型確定拠出年金)で積み立てたることを決断した。これだけで、会社から年3%のマッチング拠出が受けられ(最大6%まで50%のマッチング)、合計で給与の13%分の拠出となる。こうして将来のために運用資金を拠出しても、彼女はまだ、週末に無料の野外コンサートに行ったり、たまに新しいレストランに出かけて贅沢をしたり、年に一度のバカンスを楽しんだりする余裕があった。
一方、JRは手にした給与で、今この時を楽しむことに決めた。彼にとって退職は遠い将来であり、ほとんど現実味のない問題だった。遠い将来を思い悩むより、他の多くの25歳の若者と同じように、JRは今、この瞬間に心を砕いた。何十年間も引き出せない401(k)に資金を拠出するよりも、7万5000ドルの給与と大学院を終えて手にした自由を満喫するのだ。たとえば、会社の手厚い制度を利用して長期休暇(サバティカル)をとったり、シカゴのスタジアムでナイターを観戦したり、ミシュランの星付きレストランで頻繁にディナーを楽しんだのである。
5年後、30歳になったJRは、ふと自分の周りを見回して、将来について真剣に考えるべきだと気がついた。そして手始めに、資産形成のためにお金を積み立てる時期だと判断した。JRは給与から大金を(401(k)の拠出金として)差し引かれたくなかったし、そもそもいくら拠出すべきか分からなかったので、会社のマッチング拠出を受けるための最低率である6%拠出することに決め、会社から3%のマッチングを受けることにした。
<ステップ2:運用対象の選択>
さて、ローラとJRの勤務先のプランは、従業員に多様な運用商品の選択肢を提供しており、そのうちの2本はターゲット・デート・ファンド(TDF)である。この2本のファンドは似ているものの、1本は上場された株式と債券のみに投資し、もう1本は全期間にわたってプライベート資産、つまり未公開株と非公開債券に資産全体の15%を配分するものだ。
ローラは、ファンドのシンプルな構造と投資対象の透明性から、上場された株式と債券のみに投資する従来型のTDFを選んだ。年に一度、口座の状況を確認するためにネットのサイトにチェックインして、財務状況に目を通し、ポートフォリオの値動きがなぜそうなったのかを把握した。開示の内容が理解でき、ほかに何か隠れた要素が潜んでいないと確認することで、彼女は自分が目標達成に向けて正しい道を進んでいるのだと、安心感が高まった。
JRも、ターゲット・デート・ファンドの利便性に惹かれた。ただし、彼はより高いリターンが期待できるプライベート資産を組み入れるいわば最新型のTDFを選択した。JRは他の人より遅く始めたので、その出遅れ分を取り戻したいと考えた。もしも、ソーシャルメディアで見かけた派手な広告通りに、プライベート市場の株式や債券が目覚ましい運用成果を出せば、拠出できなかった5年分の遅れを短期間で取り戻せると考えたのである。何しろ彼はまだ30歳で、退職まであと35年もあるのだ。
<現役時代からリタイアメントまで >
ローラとJRのキャリアはまさに瓜二つで、二人とも着実に昇格し、やがて上級管理職へと昇進した。キャリアアップと昇給は連動しており、2人とも65歳を迎えて退職間近になった頃には、どちらも年収は17万8620ドルになっていた。2人とも数十年前に最初に401(k)の拠出率などを設定して以来変えておらず、会社のマッチング方式にも変更はなかった。
ローラとJRは定年退職を迎えるにあたり、それぞれ401(k)での運用成果を確認してみた。
JRは、プライベート資産を組み入れたTDFを選択したことが報われたと満足した。彼が35年間投資したファンドは年率8.9%のリターンをを上げ、一方上場株式と債券に投資するTDFのリターンは年率8.4%だった。そのパフォーマンスの差のおかげもあり、彼の401(k)口座の資産残高は約200万ドルになっていた。社会保障と組み合わせれば、お金を使い果たすリスクなしに老後を楽しめるという自信を持つことができた。
上記の通り、上場株式と債券のみに投資をするTDFは、プライベート市場を組み入れたTDFに比べてパフォーマンスが低かったが、ローラは自分の口座残高を確認すると、そんなことは気にならなかった。40年間の投資で、彼女の401(k)口座の資産残高は300万ドル以上に増えていた。より早く投資を開始し、より多く拠出することで、彼女はJRよりもはるかに大きな福利効果とも言える投資の力を享受できたのだ。
より早く、より多くの拠出をする方が、投資リターンの差より効果が大きい。
JRが選択したプライベート市場を組み入れた投資は、彼に多少の優位性をもたらした(もちろん、現実世界で必ずしも同様の結果が保証されているわけではない)。しかし、より早くから資産形成を始め、より多くの金額を拠出に回したローラの決断こそが、本質的な違いを生んだのである。ローラが地道に積み立てた資産は、福利効果によってJRよりもはるかに大きな資産へと育ったのだ。
この話の教訓は明確だ:いつ投資を始めるか、いくら投資に資金を回すかに焦点を当てて考える方が、上場市場であれプライベート市場であれ、市場の不確実性に賭けるより、はるかに重要なのだ。いつから、どれだけの資金を投資に向けるかが、長期での資産形成における成功の鍵なのだ。
<この議論の背景を深堀すると>
早くから資産運用を開始し、より多くの資金を拠出することの重要性を説明するために、いくつかの仮定を置かなければならなかった。例えば、ローラとJRは同じ給与をもらい、同じ職場にずっと勤め、休職はしないと仮定する。楽観的すぎる仮定もあるが、ストーリーを損なうものではない。
私たちは投資の前提として、株式、債券、プライベート市場のすべてがモーニングスター・インベストメント・マネジメントのメンバーによって設定された長期リターン期待値を達成すると仮定しており、この基本シナリオでは、その周辺に起こりうる幅広い結果や、確率はきわめて低いものの起こり得るかもしれない結果については考慮していない。
また手数料についての考慮も加えていない。実際には、プライベート・マーケットに15%を配分したTDFが、株式と債券のみに投資を行うTDFを、特に手数料を考慮した後でアウトパフォームすることはめったにない。
実際、プライベート・エクイティ・ファンドがパブリック・エクイティ・ファンドをアウトパフォームするかどうかについては、学界でも議論が続いている。さらに、最近のモーニングスターの分析では、プライベート・エクイティ・ファンドはアクティブ・マネジメントの一つの形態と考えるのが最善であり、一握りのファンドが同種のファンド群を大きくアウトパフォームする可能性はあるが、リターンの中央値は上場市場のファンドと同水準(またはそれ以下)であると結論づけている。
さらに、プライベート市場は、投資対象が伝統的な資産とは異なる特性を持つため、予測を行う際に新たな課題がある。その影響を詳細に分析するには、原資産であるプライベート資産を調査し、異質性を反映したモデルを開発する必要がある。
全体として今回の記事で示した結果は、プライベート市場への投資を組み入れたターゲット・デート・ファンドのベスト・ケース・シナリオ、つまり最も成功したケースとして見るべきだろう。
私たちが採用した例にはいくつかの根拠がある。投資のスタートが遅れているのはJRだけではない。バンガードの「How America Saves 2025」レポートによると、25歳以下の401(k)プラン加入者のうち、401(k)プランに自ら拠出しているのはわずか54%だ。25歳から34歳では82%に跳ね上がる。
人間には双曲割引と呼ばれる、長期的な報酬よりも目先の報酬により価値を置く傾向がある。投資においては、一般的に貯蓄を後回しにするという形でこの傾向は現れる。つまり、将来のためにお金を蓄えるよりも、目先の報酬(消費)を得ることを選択することになる。
さらに、会社のマッチング拠出のルールを基準にして自分の拠出率を決めるのはJRだけではない。既存の研究によると、多くの加入者は拠出額を決める際、会社のマッチング拠出のルールを基準にする傾向があるという。
※ 本稿の分析で使用したリターンは、モーニングスター・インベストメント・マネジメントの資本市場の長期の期待リスク/リターンの前提(CMA,Capital Market Assumptions) に基づいています。CMA作成のプロセスはこちらでご覧いただけます。
※ 本稿はモーニングスターの記事「The Key to a Winning 401(k)」をもとにモーニングスター・ジャパンが翻訳したものです。原文と翻訳に相違がある場合は、原文が優先されます。



