「信頼できるAI」とは:投資家は、アンソロピックとOpenAIのIPOをめぐる主要なリスクをどう評価すべきか

株式公開を控えたAI大手2社が抱える現実的なリスク。その評価に役立つ「6つの指標」からなる枠組み。

スマートフォンの画面には、AnthropicとOpenAIのロゴが表示されています。
Samuel Boivin/NurPhoto 通じて Getty
  • AnthropicとOpenAIのIPOが予想されている中、最近の出来事により、両社のAIモデルをめぐる安全性への懸念が浮き彫りになっている。
  • AI企業を評価する投資家は、法人顧客の継続率(リテンション)、ガバナンス体制、インシデントの開示状況、規制当局との関わり、そして計算資源(コンピュート)の透明性といった要素を注視すべきである。
  • これらの指標は、各社のAIに関する「信頼に関わるリスク」が改善しているのか、あるいは悪化しているのかを、それが業績に反映される前に示唆する可能性がある。

AnthropicやOpenAIの今後のIPOに投資を検討する際は、株主価値に重大な影響を及ぼし得る数々のリスクに細心の注意を払う必要がある。モーニングスター・サステイナリティクスが策定した「Trustworthy AI(信頼できるAI)」という枠組みは、投資家がこうしたリスクを特定するのに役立つものである。これは、従来の環境・社会・ガバナンス(ESG)分析と併せて、安全性と透明性を最優先するAI開発のアプローチである。

Anthropicによる主力AIモデル「Fable 5」の7月のリリースと、6月に発生したOpenAI製AIモデルによるHugging Faceへの不正アクセスという2つの事案は、安全性やガバナンスに関する事象が、従来の財務指標に反映される前から、企業のリスクに影響を及ぼし得ることを示した。投資家は、価格、性能、流通状況に加え、ガバナンス、安全性、規制への対応体制が、法人顧客によるAIの導入にどのような影響を与えるかについても検討すべきである。

Anthropicの「Fable 5」をめぐる事態

6月、Anthropicは主力推論モデル「Fable 5」リリース直後に、米国商務省の指示によりすべての外国籍ユーザーによるアクセスを停止せざるを得なくなった。ユーザーの国籍をリアルタイムで確認できなかったため、Anthropicは規制上の罰則を回避するために、「Fable 5」と「Mythos 5」(アクセスが制限されたモデル)の両方を全世界で停止した。

この「Fable 5」をめぐる事態により、Anthropicが掲げていた「安全性への取り組み」は、財務上のリスクへと転じた。安全性に関する取り組みや不適切利用の境界設定などの方針が、製品の提供の可否、顧客へのサービスの継続性、そして規制への適合性に直ちに影響を及ぼすことになったのである。世界的なサービス停止から24時間足らずでセカンダリーマーケットにおけるAnthropicのみなし時価総額は3.7%下落し、メディアはIPOスケジュールに与える影響への懸念を報じた。

この出来事は、連邦政府の指示ひとつで、企業の収益の柱となる製品が一夜にして市場から排除され得ることを浮き彫りにした。金融、医療、重要インフラ分野の法人顧客は、何の前触れもなく業務に不可欠なツールを失う事態に見舞われ、サービス停止期間中に、OpenAIのモデルや中国のGLM-5.2などの競合モデルが勢いを増した。

6月30日、Anthropicと政府との協議を経て、規制は解除された。その条件として、Anthropicはセキュリティリスクの能動的な検知と対処、将来のモデルに関するテスト手順やリリース基準の策定における政府との連携、悪意のある活動があれば報告を行うことに同意した。 さらに、Anthropic、Amazon、Microsoft、Googleの各社は、モデルのセキュリティ侵害を評価するための共通の枠組みを構築することに合意した。規制上の懸念が解消され、コンプライアンスの指針が確立されたことを受け、7月9日までにAnthropicのセカンダリー市場での取引に基づく推定評価額は過去最高水準を記録した。

ここから得られる重要な教訓は、Anthropicの安全性やガバナンスへの取り組みが、「規制当局の介入リスク」、「収益の持続性リスク」、「規制対応力を示す指標」という3つの経路を通じて、同時に財務上の重要な要素となったという点にある。規制当局と協議を重ねて市場復帰を果たした同社の対応は、重大な混乱が生じた後でも当局と連携し、顧客の利用環境を回復させる能力があることを証明した。投資家にとって、この一件は同社の規制対応能力とガバナンス体制を示す試金石となった。

OpenAIのHugging Faceをめぐる事件

7月、OpenAIは、自社のモデルが内部評価の過程で制限されたテスト環境から自律的に脱出し、複数の脆弱性を連鎖的に利用して、オープンソース・プラットフォーム「Hugging Face」に侵入したことを明らかにした。OpenAIはモデルの学習を一時停止し、外部の専門家と連携して対応にあたった。OpenAIのCEO、サム・アルトマン氏はこの件を自身が「極めて切迫感を持って」捉えた初のセキュリティ・インシデントだと述べ、業界として「AI開発のペースを調整する必要がある」かもしれないと示唆した。この事案は、「AIキルスイッチ法」の提案など、法整備に向けた動きを加速させる要因となった。

「Fable 5」をめぐる事象と「Hugging Face」への侵入事案はいずれも「信頼」を支える仕組みが問われた事例であり、Anthropicの規制対応体制とOpenAIの封じ込め能力が試される事態となった。興味深いことに、Hugging Faceは当初、この攻撃への対抗としてAnthropicの「Fable 5」を試したが、そのガードレール(安全制御機能)は防御側と攻撃側を識別できなかった。このことは、安全制御がリスクを低減させるだけでなく、運用上の代償も伴うことを浮き彫りにしている。

環境責任に関するリスク

環境責任に関する開示は、両社とも最も開示が不十分な分野である。いずれの企業も、包括的な排出量インベントリを公表しておらず、電力消費量や水使用量のデータも報告していない。そのため、投資家は環境パフォーマンスや資源効率を評価することが困難になっている。また、両社ともデータセンターの拡大、電力需要、水使用量、地域インフラへの影響といった長期的な課題にも直面しているが、これらの情報についても完全には開示されていない。

「信頼できるAI」の仕組み

より強固な信頼とガバナンス体制を備えることで、企業が直面する訴訟リスク、規制リスク、キーパーソンリスク、評判リスクが低減する。こうしたリスクは財務的に重要であり、モーニングスター・サステイナリティクスはこれらをリスク・エクスポージャー(リスクにさらされる度合い)として捉えて、企業の信頼を左右するリスク要因を識別している。これら2社のリスクは、以下の2つの経路を通じて顕在化している:

  • 上振れ要因:企業での導入、継続利用、利用の拡大
  • 下振れ要因:訴訟、規制、ガバナンス、特定の個人への依存(キーパーソン)

市場は、ガバナンス、規制、コンプライアンスに関するリスクから生じ得るマイナス面よりも、信頼によるプラス面を容易に認識しているようだ。ファンダメンタルズが同程度である場合、より強固なガバナンス、安全対策、透明性、規制への対応力を示している企業は、ネガティブなリスクがより低い可能性がある。実際の評価では、市場は以下の4つの測定可能な要因を重視すると予想される:

  • 法人向け売上高の質
  • ガバナンスの安定性
  • 規制への適合性
  • コンピューティングコストの透明性

これらを総合して、確立されたAIガバナンスの枠組みを活用して、投資家がモニタリング可能な「信頼できるAI」を構成する6つの柱を軸に整理する:

「信頼できるAI」を見極める6つの投資指標

市場はAIのリスクを過小評価している可能性がある

今回挙げた事例は、投資家にとって「信頼」に関わるリスクがすでに顕在化していることを示している。問題は、こうしたリスクが売上高、利益率、あるいは普及率といった指標にはまだ表れていないため、投資家がそれらを十分に考慮していないかもしれないという点である。一部の投資家は、企業での導入状況、法人顧客の継続率、効率性といった指標を通じて、すでに「信頼できるAI」に関する要素を評価に織り込んでいるだろう。また、IPOまでの過程や今後の情報開示を通じて、ガバナンス、規制、コンプライアンスに関するリスクもより明確になっていくと考えられる。

Anthropic社とOpenAI社は、こうした状況をいち早く示す事例となったが、より多くの企業が公開市場を目指すにつれ、同様の課題はAIセクター全体においてますます留意すべき問題となるだろう。 ◇

※ 本稿はモーニングスターの「Trustworthy AI: How Investors Should Assess Key Risks Around the Anthropic and OpenAI IPOs」をモーニングスター・ジャパンが翻訳したものです。原文と翻訳に相違がある場合は、原文が優先されます。

※ 本稿は情報提供のみを目的としており、特定の投資手法、投資商品などを推奨するものではありません。投資における判断は、ご自身の投資目的、投資期間、投資資金の性格、投資への姿勢などを考慮して、ご自身の責任において慎重に行ってください。

著者はこの記事で言及されたいかなる有価証券も保有していません。詳細はこちらをご覧ください: モーニングスターの編集方針