<重要なポイント>
- イラン戦争が始まって以来、市場の先行きはさらに不透明になっている。通常であれば安全資産の需要が高まるはずであるが、金価格は一時1オンスあたり4,200ドルを下回る水準まで急落した。
- インフレ懸念とドル高は、金にとって決定的な逆風となっている。両者とも上昇しており、『利回りのない資産』の魅力が相対的に低下している。
- 専門家は、長期的な見通しは依然として変わらないと考えている。各国中央銀行による需要や地政学的な分断が、戦略的な資産配分としての金を引き続き支えていると見ているからだ。
2月28日、イラン上空をイスラエルとアメリカのミサイルが飛び交い攻撃が始まると、市場はいつものパターンに従って反応した。石油価格は急騰、株式市場は下落、投資家は少なくとも当初は安全資産へと殺到した。最も歴史の長い安全資産である金は上昇し、わずか数日、3月初めには1オンスあたり5,400ドルを突破した。
その後、戦争が猛威を振るって長期化する中、金価格は数週間にわたって一進一退が続いたが、3月18日を境に下落、23日には4,200ドルを下回る水準まで急落した。
金はインフレ対策として広く保有される資産であり、通常、長期的には購買力を維持すると考えられている。しかし、短期的には、特に実質金利(インフレ調整後の利回り)が上昇した場合、「金利を生まない」金のリターンは不振になる傾向がある。
UBSグローバル・ウェルス・マネジメントの最高投資責任者(CIO)であるマーク・ヘーフェレ氏によると、「金は、直接的な戦時下の脅威に対するヘッジというより、紛争がもたらす広範な影響に対する避難所としての側面が強い」と言う。直近の金の値動きは、投資家が流動性を求め、エネルギー資産などのオルタナティブを検討する事態における過去の動向をなぞっている。「例えば、2022年にロシアによるウクライナ侵攻勃発後、金価格は15%急騰したが、その後FRBが利上げを行ったことで15~18%下落した。湾岸戦争や2003年のイラク戦争の際にも同様の動きが見られ、紛争開始時にはそれぞれ17%と19%上昇したものの、緊張が緩和されるにつれて価格は下落した」と同氏は解説する。
地政学的ショックからインフレ・ショックへ
「今起きているのは、私が『金市場の石油ショック・パラドックス』と呼ぶ現象の典型例だ」と、StoneX BullionのCEOであるダニエル・マーバーガー氏は語る。この「パラドックス」とは、原油価格の上昇によるエネルギーインフレが、本来ならその恩恵を受けるはずの金のようなインフレ資産に逆風となって、米ドルと金利を押し上げているという驚くべき事実を指す。「当初の急騰はまったく合理的で、大きな地政学的ショックに対する典型的な安全資産への逃避反応だった」と彼は述べる。しかし、その後の反転は、より根本的な変化を反映している。
マーバーガー氏によると、「原油価格の高騰は、今ではインフレの脅威として捉えられている」。極めて重要なのは、地政学的ショックからインフレ・ショックへと認識が変化したことである。ついこの間まで2026年に複数回の利下げを予想していた投資家たちが、現在でははるかに引き締め的な金融政策の道筋を織り込み始めている。だからこそ、「この変化によってFRBの判断基準が変わる」とマーバーガー氏は述べている。
なぜドル高が金にとって悪材料となるのか
一方で、原油価格の急騰は、深刻な緊張局面において世界的な準備通貨としての米ドルを押し上げる傾向があるため、米ドルは上昇し、これが金価格にとってさらなる逆風となっている。
T. Rowe Priceのソリューション・ストラテジスト兼ポートフォリオ・マネジャーであるマット・バンス氏は、「中央銀行の金融引き締めへの期待の高まりが、実質利回りを押し上げ、安全資産としての米ドルの役割や、米国がエネルギー純輸出国であることと相まって、米ドル高を支えている」と述べている。「実質利回りの上昇と米ドル高は、金のような『利回りのない』資産にとって直接不利に働く」とバンス氏は付け加える。
一方、StoneXのマーバーガー氏は、「急激な地政学的緊張は当初、世界の主要基軸通貨に有利だが、長期的にはインフレ懸念が貴金属価格を押し上げる」と述べている。
ポジション圧力と市場メカニズム
短期的な市場の動向も影響を与えている。金は2025年の堅調な推移を経て、現在の危機を迎えた。米国の金融政策、財政規律、政治的安定が世界の信頼を失い続けたことや、各国中央銀行による継続的な金の買い入れが、昨年の65%という金価格の上昇を招いた。そのため、現在は追加的な安全資産への逃避資金を引き付ける余地が限られており、投資家はこのボラティリティを利用して利益確定を行い、金のポジションを減らしている。
「地政学的な緊張によってドル高が進むと、トレーダーは資金繰りを迫られる」と、StoneXのマーバーガー氏は述べる。「金が売られるのは、悪い投資先だと思っているからではなく、流動性が高く、投資家が今すぐ現金を必要としているからだ」。
つまり、金価格が下落しているのは、地政学的リスクが低下したからではなく、原油価格上昇によるインフレ懸念が利下げ期待を吹き飛ばし、ドル高が進み、レバレッジをかけたポジションが解消されているためである。
金の今後の見通しは?
両専門家とも、金の長期的な見通しについては引き続き楽観的な見方を示しているが、その先行きは2か月前よりも険しいものになりそうだ。
T. Rowe Priceのバンス氏は、「今後数か月間の金市場の行方は、相互に関連する4つの主要な要因が鍵となる。実質利回り、エネルギー・地政学的ショックの規模と継続する期間、米ドルの強さ、そして資金の流れである」という。
バンス氏は、これらの要因が複雑に絡み合う中で、短期的には一定期間ボラティリティが高まる可能性が最も高いと述べている。「長期的には、構造的な要因――特に中央銀行による持続的な需要や政策の不確実性の高まり――が、金が単なる戦術的な短期取引ではなく、2026年の戦略的なポートフォリオとして選ばれる根拠となると考えている」。
金価格は依然として1年前より大幅に高い水準にあり、その価格上昇を後押ししているファンダメンタルズ――地政学的な分断、ドル離れ、政府債務の増加、中央銀行による構造的な需要――に変化はない。
今年についても、主要銀行は金価格について引き続き強気の見通しを示している。UBSは2026年9月までに1オンスあたり6,200ドルのターゲットを維持、ドイツ銀行は1オンスあたり6,000ドルという見通しを繰り返し述べている。ソシエテ・ジェネラルは、年末までに1オンスあたり6,000ドルに達すると予想している。
StoneXの社内での見解では、現在の水準はわれわれが直面している不確実性を踏まえれば適正と考えられる。紛争が激化したり、スタグフレーション(高インフレ、経済成長の停滞、高失業率の組み合わせ)への懸念から政策転換が迫られたりすれば、金価格は大幅に上昇するだろう。一方、インフレを示すデータを受けてFRBが年半ばまで引き締め姿勢を維持せざるを得なくなれば、さらに下落する可能性もある。
投資家は今、どうするべきか
ポートフォリオについての意思決定で投資家が最も避けるべきことは、短期的な価格変動に感情的に反応することだ。マーバーガー氏とバンセ氏は共に、金は短期的なトレード対象ではなく戦略的な資産配分として捉えるべきだと強調している。金は、各国中央銀行による構造的な需要に支えられ、ポートフォリオのヘッジ手段としての役割を果たすからである。
ダニエル・マーバーガー氏が示す指針は、分散投資ポートフォリオの中で貴金属に10~15%を配分することだ。もし、システミック・リスクやドル安、あるいは急激な利上げによる経済失速のシナリオを心から心配しているなら、この割合を上限に近い水準に設定すればよいだろう。StoneXのフレームワークは、ヘッジの重要性が再浮上し、財政的・地政学的リスクが高まれば、エネルギーと金が適切なクッションとなることを明確に示している。
一方で、マット・バンス氏は、金をオーバーウェイトしつつ、(債券ポートフォリオの)デュレーションを短くすることを提案している。「金は、債券と同様に、景気低迷期や実質利回りの低下局面で、株式の下落による影響を和らげる役割を果たすが、実質利回りが上昇する局面では、債券よりも高い回復力を示してきた」。◇
※ 本稿はモーニングスター(欧州)の「Why Is Gold Falling Despite Iran War Uncertainty?」をモーニングスター・ジャパンが翻訳したものです。原文と翻訳に相違がある場合は、原文が優先されます。
※ 本稿は、情報提供のみを目的としており、特定の金融商品、銘柄などを推奨するものではありません。投資における判断は、ご自身の投資目的、投資期間、資金性格、投資への姿勢などを勘案して、ご自身の責任において慎重に行ってください。

