インフレ、シーケンス・リスク(リターンの発生順序によるリスク)、予期せぬ早期退職、そして介護費用は、現代の退職者にとって深刻なリスクとなっています。2026年のモーニングスター・インベストメント・カンファレンスで、ファイナンシャル・プランニング会社「Sensible Money」のCEOデイナ・アンスパック氏および「The American College of Financial Services」教授のマイケル・フィンク氏と共に、こうした退職後の予期せぬ事態について話し合いました。ここでは、そのパネルディスカッションから抜粋して、インフレと、そのリスクに備える方法についてご紹介します。
リタイアメント・プランにインフレのショックをどう組み込むか
クリスティン・ベンツ:多くの人々、とりわけ退職者が最も気にかけている「インフレ」と、それに伴う物価上昇の話から始めましょう。ダナさん、インフレ期のクライアントとの経験についてうかがえますか。以前、クライアントの支出が必ずしもインフレ率に合わせて増加するわけではないと指摘されていましたね。その点について、ご説明いただけますか?
デイナ・アンスパック:退職後の生活は「Go-Go(活動的な時期)」「Slow-Go(活動が減少する時期)」「No-Go(ほぼ活動が無くなる時期)」というパターンに従って移行していく傾向があります。「Go-Go」の段階では、支出が多くなりがちですが、私たちはそれを想定して計画を立てています。支出にある程度余裕を見込んで、一連の基礎となる支出が(インフレによって)生活費は通常3%、ヘルスケア関連費用は5%などと、毎年増加すると仮定して計画を立てています。こうした想定をすべてキャッシュフロー計画に織り込んで、毎年の必要な資金額を算出しています。ところが、「Slow-Go」の段階では、インフレによる支出増を必要としないケースがよく見られるのです。
退職後の最初の5年または10年間は、旅行やさまざまな活動を積極的に行いますが、通常、70代半ば頃になると、活動のペースが緩やかになってきます。そこで私たちは、「計画の指標はすべて堅調です。インフレ調整分も組み込んでいますから、口座への振込額をXドルからX+ドルに増やせますよ」と提案します。すると、クライアントは「実は、今振り込まれている分さえ使い切れていないんですよ」という答えが返ってくるのです。退職後の後期段階では、こうした声を聞くことは珍しくありません。一方で、「Go-Go」にあたる初期段階、特にここ数年は、「はい、ぜひお願いします」という反応が多いですね。そこで私たちは彼らへの振込額を増やすわけですが、そうした仕組みがあらかじめ計画に組み込まれていると知ると、クライアントは非常に安心されます。
さらに20%多く準備する必要が生じ得るシナリオ
ベンツ:インフレがいつ発生するか、その時期に伴うリスク(インフレのシーケンス・リスク)について伺いたいと思います。投資に伴う市場リターンについては、「シーケンス・リスク(リターンが発生する順序によるリスク)という言葉がよく使われます。インフレについても同様のことが言えるでしょう。マイケルさん、リタイア後の人生でインフレがいつ発生するか、そしてそれがどれほど重要なのかについて、説明していただけますか?ウェイド・ファウ氏は、これを一種のシーケンス・リスクだと表現しています。
マイケル・フィンク:その通りです。「退職後の平均インフレ率はまったく同じ」であると仮定して、2つのシナリオを考えてみましょう。シナリオ1は、最初の5年間は年率5%のインフレ率で、その後の退職期間中は2%のインフレ率が続くというものです。シナリオ2は、最初の15年間は2%のインフレ率で、最後の5年間は5%のインフレ率が続くというものです。シナリオ1では、退職後の資金としてほぼ20%多く準備しておかなければなりません。なぜなら、退職後の早い段階で物価が上昇すると、残りの退職期間中ずっとその高い水準が続くからです。また、ダナさんが指摘されているように、退職後の初期段階では支出が多い傾向があります。退職後の早い段階で高インフレ率に見舞われると(最近リタイアされた多くの人が経験したように、将来どうなるかは誰にも分かりませんが)、それは市場リスクに匹敵するほどのリスクとなります。そして市場リスクと同様にインフレのリスクも、リタイアメントの初期段階で起きると最も深刻で、大きな影響を及ぼします。
退職後の資産ポートフォリオでインフレ・リスクに備える最善の方法
フィンク:さて、ここで、インフレ・リスクへの最善の備えについてお話ししましょう。特に健康で高収入の現役世代に向けて、私がいつも繰り返し主張してきたことを改めて強調しておきたいのです。インフレ・リスクをヘッジする最も効果的な方法は、社会保障給付(公的年金)の受給開始を遅らせることです。これは、例えば、支出に対する社会保障給付の割合が小さくない「準富裕層(マス・アフルエント)」の退職者にとって有効です。受給開始を遅らせることは、インフレと長生き、両方への対策として資金を確保する、極めて確実な方法です。受給開始までの期間は投資によって必要な資金を補えますし、より多額の投資を行えば、それだけでそのギャップ期間の生活を賄うことも可能です。
受給開始を遅らせるからといって、支出を切り詰める必要はありません。退職後の期間全体で見れば、むしろ、より多くのお金を使えるでしょう。それなのに、これは最も活用されていない戦略の一つのように見受けられます。また、最近は社会保障制度に関して否定的なニュースが報じられることもありますが、たとえ最悪のシナリオを想定したとしても――とはいえ、そんな事態は政治的に起こりそうもないのですが――依然としてこの戦略は理に適っています。
年金保険(アニュイティ):インフレ調整は自分で行うことも可能
ベンツ:マイケル、その点についてもう少し掘り下げたいのですが、公的年金は、消費者物価指数(CPI)に基づく調整機能など素晴らしい特徴が組み込まれており、「お金で買える最高の年金保険」のようなものだと言われることがあります。一方で、民間の年金保険を購入する場合、CPI調整機能付きのものは見当たりません。これが、年金型商品を購入しない理由としてよく挙げられます。この点について、ご意見を伺えますか? あなたは年金保険の支持者だと承知していますが、インフレへの対応についてはどうお考えでしょうか?
フィンク:時々、そうした意見を耳にすることがありますが、私はその人に「では、あなたの債券ポートフォリオはどのような構成ですか?」と尋ねるようにしています。すると、「おそらくTIPS(インフレ連動国債)が5%とか、10%程度、あるいは全く含まれていない」といった答えが返ってきます。そこで私は、「ご自身の債券ポートフォリオにはインフレ調整機能が組み込まれていないのですね。では、どうして同様の社債に投資している保険会社が、インフレ調整機能を提供できると期待するのですか?」と言うわけです。
もしご希望であれば、ご自身でインフレ調整を行うことも可能です。例えば、一定の基礎収入を確保した上で、85歳から開始する延期型年金保険や、75歳から開始する別の年金などを組み合わせるといった方法です。年齢とともに生涯所得が段階的に増えるような収入計画を設計することも可能です。しかし、保険会社がそうしたインフレ対策付きの年金商品を提供するのは、あまり現実的ではありません。実現するには、TIPSを使って年金保険を組成するしかないのですが、そうした商品は往々にして非常にコストが高くなってしまいます。
もう一つ、インフレ調整機能がそれほど問題にならない理由があります。公的年金の受給開始を遅らせる場合、ダナさんも指摘された通り、退職後の後期になると、インフレ調整後の支出が退職後の初期より減ることが多いからです。当然のことながら、公的年金を基礎として、その上にインフレ連動ではない何らかの収入がある場合、それは退職後に人々が支出する実際のパターンとかなり近いものになるでしょう。
TIPSに代わる選択肢:「インカム・ラダー」
ベンツ:ダナさんは、クライアントの債券ポートフォリオの構成要素としてのTIPSについて、興味深い見解をお持ちですね。通常、TIPSへの配分枠を設けていないとのことですが、その点について、またその代わりにどのような対応をされているのか、教えていただけますか?
アンスパック:弊社では、「インカム・ラダー」と呼ばれる手法を採用しています。これは、「資産負債マッチング(ALM)」に基づく債券ラダー運用の一種です。弊社では、クライアントの退職後、たいていは最初の5年から10年間にわたるキャッシュフローを策定しています。もちろん、退職期間全体についてプランは立てますが、先になればなるほど予測の精度は下がります。そして、決定したキャッシュフローの額に合わせて満期を迎える債券を購入しますが、その際、支出計画にはあらかじめインフレの影響を織り込んでいます。
このようなポートフォリオを構成する目的は、支出額と完全に一致させることではありません。これは、最低限必要な資金を確保するための土台です。ですから2022年のような事態も、私たちにとっては何の問題もありませんでした。その年には、クライアントが必要とする支出の大部分を賄える債券が満期を迎えていました。それらの債券が満期を迎えるため、価値が下落している資産を売却する必要は無かったのです。それらは支出計画の一部であり、その後、定期的に株式を売却して、その先の債券ラダー運用へと補充しています。
つまり、これはポートフォリオ構築の1つの手法に過ぎません。特にTIPSを用いた債券ラダー運用を好む人も居られることは承知しています。私たちの場合は、厳密な一致よりも、概ね合致する状態を目指しています。インカム・ラダーと支出を完全に一致させることは不可能ですが、リスクに対する保護膜のような機能を確保したいと考えています。また、クライアントにとっては、「これらの満期を迎える債券で、その年に必要な支出の大部分を賄うことができる」と知っていることは、心理面で安心につながります。たとえ株式市場が下落しても、あるいは同時に債券価格が下落しても、ストレスを感じずに済むからです。◇
※ 本稿執筆には、ヴァレンティーナ・ジェリョセヴィッチが協力しました。
※ 本稿はモーニングスターの記事「The Retirement Planning Mistake That Makes Inflation Much More Expensive」をモーニングスター・ジャパンが翻訳したものです。原文と翻訳に相違がある場合は、原文が優先されます。

